藤崎 斉さん 1980年経済学科卒 東京ステーションホテル 常務取締役 総支配人

インタビュー

「使い続ける文化遺産」を未来へ。自由の精神が育んだホテリエの原点

東京の象徴、丸の内駅舎。壮麗な赤レンガ造りの建物の中、国指定重要文化財に宿泊できる特別な場所に、東京ステーションホテルはあります。保存・復原工事を経て再び扉を開いたホテルの再生を率いたのが、現総支配人の藤崎斉さんです。「使い続ける文化遺産」というブランドを築き、世界中の旅人が憧れるホテルへと導いてきた藤崎さんに、ホテリエとしての矜持、そして立教で過ごした日々について伺いました。

目次

時を超えてつながった不思議な縁に導かれて

この赤レンガの駅舎は、東京大空襲で辺り一面が焼け野原になる中、奇跡的に残った建物です。100年以上もの間、東京の中心で街を見守り続けてきました。そんな特別な場所にあるホテルの総支配人を任されて、はや13年。着任のきっかけには、立教を軸とした不思議な縁がありました。

前職でJALホテルズに在籍していた頃、1本の電話がかかってきました。相手は、JR東日本で当ホテルの再開業に関するアドバイザーをされていた方。「興味があるなら話を聞かないか」というお誘いでした。実は電話の主は、私が大学時代に学部外講座で履修していた「ホテル観光講座」で講師を務めていた方でもありました。当時から業界の第一線で活躍されていた姿に、学生だった私は「格好いい大人だな」と憧れていました。「ぜひ伺いたい」。学生時代の出会いが、数十年の時を経て、私の人生を動かすことになったのです。

ある人物の一言がきっかけで立教へ進学

私が立教大学の門をくぐったのも、ある出会いがきっかけでした。当時通っていた高校は、いわゆる「バンカラ」な校風。同級生の多くが早稲田大学などを目指す中、人とは違う世界を見てみたいという、漠然とした思いを抱いていました。そんな時期、音楽好きが高じてデビュー直後の荒井由実(現・松任谷由実)さんと話をする機会に恵まれたのです。お兄さまが立教大学体育会応援団の副団長で、ご自身も立教女学院のご出身。「立教はいいよ」と薦められたのが、進学の決め手になりました。

入学後は、たくさんの人と出会いたい一心で、100人以上が在籍するユースホステルクラブに入部しました。北海道や沖縄を旅して、多様な価値観を持つ仲間と親交を深めました。毎日が本当に楽しく、自由な4年間を謳歌できたと思います。

挫折からのスタート。過去を壊す覚悟で仕事に臨む

世界的な旅行雑誌『コンデナスト・トラベラー』によるアワードに選出されるなど、世界的にもファンが多い東京ステーションホテル。藤崎さんは、「評価にふさわしいホテルであり続けたい」と使命感をのぞかせる

自由な学生生活でしたが、社会人のスタートは失敗から幕を開けました。

友人に「向いてるよ」とそそのかされてラジオ局のアナウンサー試験を受け最終面接まで進むも、クリスマスに不採用通知が届きました。途方に暮れていた私を拾ってくれたのが、学生時代に子会社のホテルでアルバイトをしていた日本リクルートセンター(現・リクルート)でした。

入社当初は、正直に言えば暗い気持ちでした。「本当はここにいるはずじゃなかった」というコンプレックスがあり、組織になじめず反発もしていました。当然、個人の営業成績は右肩下がり。ある時、「過去の自分やプライドを一度壊さなければ、前には進めない」と思い直し、そこから目の前の仕事に没頭しました。友人と会うのも控え、とにかくがむしゃらに働いた記憶があります。

その後、転機が訪れます。新宿にヒルトンホテルが移転開業することになり、関係者の方から「本格的にホテルビジネスを学ぶ気があるなら、ヒルトンで働いてみてはどうか」と勧められたのです。世界を、グローバルなビジネスを見てみたいという好奇心が私を動かしました。

よくキャリアプランの描き方について聞かれますが、私は人生の目標や計画を立てて逆算するのが苦手なタイプ。不確実な先のことを思い悩むより、今日できることに全力投球する意志を持つ方が大切だと考えていました。その積み重ねが、ヒルトンやウェスティン、JALホテルズでの経験につながり、そして今の東京ステーションホテルへと導いてくれたのだと感じています。

リベラルアーツが教えてくれたぶれない価値観

キャリアを重ねた今、立教で触れたリベラルアーツの重要性を改めて感じています。それは、誰かより偉くなるとか競争に勝つといったことよりも、もっと根源的な「生きる価値」を問う姿勢。もちろんビジネスとしての経済合理性は必要ですが、自分たちさえ良ければいいわけではありません。私たちは、100年先も東京の中心で輝くホテルであり続けるために、目先の利益のみに惑わされないことを共通意識として持っています。 

その真価が問われたのがコロナ禍でした。観光業が打撃を受け、他社が価格を下げ、数を追う中、当ホテルは値下げを行いませんでした。守るべきは目先の売り上げではなく、先人たちが積み上げてきたホテルの価値だったからです。逆にインバウンド需要が戻り、他のホテルが価格を急激に上げた時も、私たちは大幅な値上げをすることはありませんでした。他者と比較して一喜一憂せず、自分たちがどうあるべきかという道を守る。この姿勢は、立教のリベラルアーツから学んだ「生きる価値」への問いかけと深く共鳴しています。

11人のホテルスタッフへのインタビューを基に、時を超えて愛され続けるおもてなしの秘密に迫った書籍が、2025年10月に発売された(上阪徹 著/河出書房新社)

社会の評価軸に振り回されない自由を胸に抱いて

立教は「自由の学府」といわれますが、キャンパスに流れている空気は、「放任」や「好き勝手」とは対極にあるものでした。自らを律する強さと、自分で考える思考力が求められていたように思います。また、立教は序列や偏差値の中だけで語られる大学ではありません。独自のユニークさとポジションを持ち、立教らしい価値観を大切にしている大学です。社会のものさしに振り回されず、「自分はどう生きるか」を追究できる場所でした。 

私にとって立教は、いつでも帰れる場所であり、心のよりどころです。卒業生が集まれば、年齢や肩書に関係なく、誰もが立教人として肩を組んで語り合える。そんな温かいつながりがあることが、私の人生にとって何よりの財産です。


● 取材後記

藤崎さんは立教らしさを全て言語化されていて、判断と行動の指針が明確。徹底して「道を伝えて己を伝えず」を体現され、スタッフの皆さんが信頼と愛情を寄せ、自主的に行動されている姿が印象的でした。立教というルーツに改めて誇りを感じ、これからを生きるヒントをたくさん頂いた時間でした。

(会報委員 三尾 友紀子 2004年卒コミュニティ福祉学科)

インタビューの後半、東京ステーションホテルと仲間の話になった途端に藤崎さんの熱量が上がったのが印象的でした。お客様とスタッフ一人ひとりを心から大切に。その想いこそが100年以上のストーリーを紡いできた、このホテルの姿そのものなのだと思いました。

(会報委員 吉田 妙子 2004年卒観光学科)



取材後の1枚。藤崎さんと会報委員。

藤崎 斉(ふじさき ひとし)

経済学部経済学科1980年卒業。その後、日本リクルートセンター(現・リクルート)の子会社に入社。ヒルトンやウェスティンなどの外資系ホテルブランドで、宿泊部門長やエグゼクティブ職を歴任。2011年、東京ステーションホテル開業準備室長に着任し、2012年取締役総支配人、翌年より常務取締役総支配人を務める。2013年度、ホテル産業に貢献した人物に贈られる「ホテリエ・オブ・ザ・イヤー」を受賞。