カンボジアで食品関連のビジネスを立ち上げた峯島浩輔さんと、その会社に新卒で飛び込んだ毛利奏恵さん。異国の地で奮闘する二人にお話を聞きました。校友会報Vol.472掲載のロング版をお届けします。
目次
立教生二人のキャリアが、日本を遠く離れたカンボジアの地で重なった
まずは、お二人の大学時代のお話から伺えますか。

峯島:興味を持ったら何でもやってみる学生でしたね。サークルはテニスやダンスなど、4つほど掛け持ちしていましたし、バックパッカーとして東南アジアやアメリカを飛び回っていました。
当時は、自分の知らない世界に飛び込んで、現地の匂いや空気を感じるのがとにかく面白かったんです。でも、何度も旅を重ねるうちに「自分は楽しい経験をして帰ってくるけれど、現地に何も残せていないのでは?」と、ふと気付いたんですよ。だったら、自分と現地の人々がギブアンドテイクの関係になれるビジネスを起こせばいい。学生のうちに行動に移そうと、大学を休学して上海でのインターンにも挑戦しました。
毛利:私は文学部でアメリカの黒人文学を勉強していて、差別問題などを学ぶためにアラバマ州へ1年間留学しました。アジアとのつながりを持ったのは高校時代にカンボジアでのスタディツアーに参加した時。現地の歴史教育に興味を持ち、大学入学後も英米文学の傍ら、カンボジアについても勉強を続けていたんです。
留学中はアメリカの田舎で生活していましたが、日本の食品の存在がどれほど精神的な安心感につながるかを痛感しました。そこから「日本の食文化を世界に広めたい」という軸ができ、大好きなカンボジアで食品卸の仕事をしたいと考えるようになりました。Webで「食品卸 カンボジア」と検索したところ、峯島さんが設立されたS.E.A.T.S Inc. がヒットして。カンボジアの魅力を日本のお客さまに伝えられる業務内容にワクワクし、「この会社に懸けたい」と直感して、メッセージを送りました。
毛利さんからの突然のコンタクト、峯島さんはどう受け止められたのでしょう。

峯島:入社希望のメッセージをもらった時は、正直に言うと「何かの冗談かな」と思いました(笑)。そもそも、日本人の新卒学生が応募してくること自体がまれで、しかも母校の後輩だということで、ダブルで驚きましたね。リモートでインターンシップを体験してもらった後、「一度現地を見においで」と提案し、一週間ほど滞在してもらいました。社内のメンバーとも交流し、日本に戻ってからも「ぜひ入社したい」と言ってくれたのを見て、彼女の本気度が伝わりました。
毛利:渡航の際に峯島さんが立教の先輩だと知り、安心感というか、運命的なものを感じました。「大学の先輩がカンボジアで活躍されているんだ!」と、背中を押された気分でした。
先輩として、会社の代表として、突破力にたけたルーキーの挑戦を見守る
実際に入社されてからの仕事ぶりはいかがですか。
峯島:毛利さんは入社後、見た目のイメージとは正反対の「行動力の塊」っぷりを見せてくれています。お客さまから問い合わせが入れば、指示もしていないのにカンボジア人の友達が運転するバイクの後ろに乗って、私ですら行かないようなへき地の農場まで数時間かけて調査に行っちゃうんです。行った先で農家さんに話を聞いて知見を得て、しっかり営業成果につなげてくる。日本でいう「1年目の新人」の枠を完全に超えた突進力・突破力で、今ではリーダーとしてカンボジア人のメンバーを率いてくれています。

毛利:私はただ、自分が大好きなカンボジアの製品の背景をしっかり理解して、その魅力を伝えたいという一心なんです。現地のメンバーとのコミュニケーションでは、日本での「当たり前」が通用しないことも多いので、「なぜこの提案をするのか」という背景から丁寧に伝えるよう心がけています。コロナ禍の大学時代に、いかに柔軟に困難を乗り越えるかを模索した経験が、この地で生きているのかもしれません。
峯島:インターン時代からも行動力はずば抜けていて。彼女は立教通りにある、お取り寄せスーパー「つつうら」というお店にも飛び込みで営業に行き、当社の「生胡椒の塩漬け」の販路開拓に結び付けました。つつうらさんとは、現在も継続して商品を購入していただける関係を築いています。さらに、2025年に開催された大阪・関西万博のカンボジア館で当社の製品を販売したのですが、毛利さんも出展を担うチームに大きく貢献してくれて、結果としてSNSで大バズりしたんです。
毛利:おかげさまで、カンボジアの商業省の方々も喜んでくださるほどの成果を出すことができました。
毛利さんの「成果に結び付ける力」について、峯島さんはどう分析されていますか?

峯島:先ほどお話しした突進力や突破力にも通じますが、彼女はとにかく物おじせず、誰とでも対等に話せるのが強みだと感じます。展示会でも積極的に来場者に声をかけ、笑顔で製品の魅力を語ってくれるんです。特にカンボジアの方々は、自国のプロダクトが世界で評価されることを心から誇りに思っています。そんな中で、日本人である彼女が情熱を持ってPRする姿は、カンボジアの商業省の要職の方々をはじめ、多くの人との深い関係性を築くきっかけになっています。そこからまた新しいチャンスが舞い込んでくる、という素晴らしい循環が生まれています。
毛利:インターンの時から一貫して心にあるのは、当社の「カンボジアから海外へ勝負できるものを広げていく」という理念です。私はこの国が本当に大好きなんです。だからこそ、大好きなカンボジアの魅力を、現地の人たちと共に世界へ発信していきたい。その思いを仕事の核として大切にしているので、自然と行動に結び付いているのだと思います。
カンボジアから箱根駅伝を観戦。立教チームの活躍が、明日の活力になる
最後に、現地の校友の皆さまとのつながりについて教えてください。
峯島:私たちは「カンボジア立教会」でも活動していますが、先日、慶應義塾大学の同窓会「三田会」との合同会食があった際、三田会の皆さんが校歌を熱唱する横で、私たち立教チームは誰も校歌を歌えないという一幕がありました(笑)。
毛利:でも、そういう「群れないけれど、会えばすごく仲が良い」という控えめな感じが、逆に立教らしくて心地いいんですよね。
峯島:そうそう。国外で活躍する立教人は、自分から「立教です!」と言わない控えめな方が多い。だからこそお会いしたときの結び付きは本当に強いんです。私も学科の先輩には公私共々お世話になっていて、実は私の結婚の証人になってくれたのも、カンボジア立教会会長の上松さんという方です。上松さんは偶然にも学部・学科の先輩でもあって、縁を感じました。
毛利:先輩方の経験談は、私にとっても大きな心の支えになっています。峯島さんはカンボジアにいても、立教の駅伝チームの活躍をすごく熱心に応援されていますよね。
峯島:趣味がマラソンなのもあって、最近の立教の活躍は本当に刺激になります。会社のことに話を戻すと、今後は事業の展開を共にする仲間をさらに増やし、カンボジアや東南アジア、日本への貢献を続けていきたい。それが私の人生を懸けてやりたいことです。
毛利:私も引き続き、カンボジアの強みを世界に届ける挑戦を続けていきたいです。この記事を通してカンボジアの素晴らしさを知っていただければうれしいですし、機会があればぜひ現地にも遊びに来てください!

●取材後記
立教らしさなのでしょうか、気負い過ぎず、でも力強く道を切り開く魅力的なお二人との時間はあっという間でした。インタビュー後の「海外での仕事は先人が築いてくれたアセットの上で成り立っている」という謙虚な言葉に、お二人の姿勢を垣間見た気がします。
(会報委員 冨吉 貴浩 2003年コミュニティ福祉学科卒)
学生時代からカンボジアを訪れ、自身は得るものが大きくても現地には何もお返しできていないという思い、現地で起業を決めた峯島さんの原点が印象的でした。共通する思いと行動力を持つ毛利さんとの出会いは必然としか思えない、これからがさらに楽しみなアイボウのお話を聴かせていただきました。
(会報委員 三尾 友紀子 2004年コミュニティ福祉学科卒)
峯島 浩輔(みねしま こうすけ)
社会学部社会学科2011年卒業。三菱電機(株)に新卒入社後、2014年に26歳でカンボジアへ移住し、現S.E.A.T.S Inc.にてDirector & CEO就任。カンボジア立教会会長代理。

毛利 奏恵(もうり かなえ)
文学部文学科英米文学専修2024年卒業。S.E.A.T.S Inc.入社後、農業生産開発事業を担当。主に自社農場で生産した高品質なコショウや日本品種の果物などを販売する業務にあたる。

S.E.A.T.S Inc.
峯島さんが2014年に創業。カンボジア・プノンペンに拠点を置く日系企業。東南アジアを中心に、食品の輸入卸、農業生産開発、デジタルマーケティング事業を展開。