ニッポン放送でアナウンサーを務める大泉健斗さん。今年放送開始から60周年を迎えた『ニッポン放送ショウアップナイター』をはじめ、サッカー、競馬、競泳など、スポーツシーンの最前線を「声」で伝えています。近年盛り上がりを見せるラジオという媒体の実況アナウンサーとしてのこだわりや、名門・立教大学野球部での「4軍」生活など、満点の笑顔でこれまでの紆余(うよ)曲折をお話しいただきました。
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豊富な取材量で、引き寄せた優勝の瞬間

実は最近、「優勝実況請負人」や「もっている男」と呼ばれています。特に2024年は、自分でも「運を使い果たしたのではないか」と怖くなるほど、仕事運に恵まれていました。読売ジャイアンツのセ・リーグ優勝や、横浜DeNAベイスターズのクライマックスシリーズ優勝、さらには26年ぶりの日本一が決定した大舞台に実況として立ち会えたのです。
私が現在、アナウンサーとして最も大切にしているこだわりは、現場での取材量です。実況の技術を磨くのは当然ですが、その上で自分がやるべきことは何かと考えた時、「選手や現場の声に、誰よりも耳を傾ける」という考えに至りました。選手の最近の調子や、日常で起きたちょっとしたエピソードを実況の中で紹介することで、ラジオリスナーの方に楽しんでもらいたい。そのためにも、その取材量だけは、同業者の誰にも負けないように取り組んでいます。この「足で稼ぐ」スタイルは、思わぬ大きな縁も生んでいます。現在MLB(メジャーリーグ)のシカゴ・カブスで活躍する今永昇太投手とは、彼が日本にいた頃から地道に取材を重ね、プライベートで食事をするほどの信頼関係を築きました。その後、マネジメント会社へ粘り強くコンタクトを取り続け、ついにオールナイトニッポンでの生放送『今永昇太のオールナイトニッポンPremium』で共演することができたのです。
私は、こうした地道な努力を「徳を積む」と表現しています。日頃から妥協せずに取材を重ねていれば、いざという時に中継の神様が見ていてくれると信じているからです。優勝の瞬間を実況できたのも、その積み重ねがあったからだと自負しています。今振り返れば、立教野球部時代の経験も、このような考えにつながっているのかもしれません。
憧れの六大学野球を目指して始まった4軍生活
野球一家で育った私は、東京六大学野球への強い憧れから立教大学を選びました。幼少期から野球を続けてきましたが選手としてはパッとせず、一般入試で入学。野球部に入部した私を待っていたのは、名門校のあまりにも高い壁でした。甲子園で活躍したスターたちのプレーを間近で見て、わずか2日で「レギュラーは無理だ」と悟ってしまったほどです。約200人の部員がひしめく中、私は当然のように一番下の4軍で活動することになりました。
部活動における4軍の立ち位置は、それはもう大変なものでした(笑)。1軍がメイングラウンドを使う一方、私たちは外野のフェンス際を延々と走り、隣接する陸上トラックへ移動してさらに周回。やっとボールを握れるのは18時や19時を過ぎてからという毎日です。しかも、朝は6時集合だったため、実家の両国から新座キャンパスのグラウンドまでは始発で通っても間に合いませんでした。寮にも入れなかった私は、毎日必死に走って登校していました。
さらに入部2日目、早速大事件を起こしてしまいます。部活動の集合時間はメーリングリストで連絡が来ていたのですが、私の携帯にかかっていた未成年用のアクセスブロック(フィルタリング設定)が原因で、集合連絡のメールが一切届かず、結果として大遅刻を演じてしまったのです。上級生に呼び出され、「明日までに坊主にしてこい」という非情な宣告。やっと受験が終わって髪を伸ばせるとウキウキしていたのも束の間、翌日には坊主頭に眼鏡姿でグラウンドを走る、「アクセスブロック」というあだ名の大泉が誕生していました(笑)。

レギュラー争いからは早々に脱落しましたが、野球への情熱が冷めることはなく、地道に練習を重ねました。そんな私に一度だけ、野球の神様がほほ笑んでくれたのが4年次の引退試合です。レギュラー以外の4年次に与えられたその舞台で、私は2打席のチャンスをつかみました。1打席目は凡退しましたが、最後の打席でセンターへ奇麗なヒットを放つことができたんです。1塁ベースを回った瞬間、ベンチの後輩たちが自分のことのように大喜びしてくれているのが見えて、感動したことを覚えています。大学時代の公式成績は「通算打率5割(2打数1安打)」。今でも酒席では「私は5割打者だ」と胸を張っています(笑)。
採用面接で架空の実況を披露し、採用を勝ち取る
大学卒業後は一度広告代理店に就職しましたが、小学生の頃からまねをしていたほど憧れだった、スポーツ実況への夢は捨てきれませんでした。テレビ実況は花形のイメージがありおじけづいてしまいましたが、ラジオなら「しゃべり」を極めることで勝負できると考え、社会人2年目にニッポン放送へ転職しました。採用面接では「『ショウアップナイター』で実況がしたい」と熱弁し、その場で「架空実況」を披露して、念願の採用を勝ち取ることができました。

プロの世界で実際にマイクを握ると、映像とは異なる視点から試合を伝える難しさなど、多くの壁にぶつかりました。テレビの野球中継は通常センターカメラからの映像で、視聴者はピッチャーの背中越しにバッターと向き合う形になりますが、球場の実況席はその逆。バッターの背中越しに、ピッチャーと向き合っているのです。左右の感覚やスタンドまでの距離感も映像とは異なります。また、映像がないからこそ、その場の空気感全てを言葉だけで伝えなければならないのも、ラジオの難しさとして痛感しました。
言葉の使い方や起きていることを表現するスキルを磨くだけでなく、滑舌をよくするために舌の裏の筋を切る手術を受けたことも。また、たくさんの選手・関係者に積極的に声をかけるなど、毎日さまざまな試行錯誤を続けて実況アナウンサーとしての高みを目指しています。
「実況のグランドスラム」を目指して。一球入魂の実況を届ける
30代を迎え、仕事の幅はさらに広がっています。野望として掲げているのは、あらゆる競技の最高峰を実況する「実況のグランドスラム」です。野球ならWBCの決勝、サッカーならワールドカップ、さらに競馬なら全G1レースの実況を任せてもらえるようなアナウンサーになりたいと思っています。

スマホで気軽に聴けるようになった今、ラジオは第2の全盛期を迎えているといわれています。もし渋滞中の車内や電車で移動中のひととき、ラジオから私の声が聞こえてきたら、「ああ、あの4軍だったアナウンサーが頑張っているな」と、親戚の活躍を見守るような気持ちで耳を傾けてもらえればうれしいです。母校として誇りに感じている立教大学の校友の皆さまに「立教出身のアナウンサーに面白いやつがいる」と少しでも思っていただけるよう、これからも一球入魂の実況を届けていきます。
大泉 健斗(おおいずみ けんと)
現代心理学部映像身体学科2016年卒業。一般入試で立教大学野球部へ入部し、4年間活動。広告代理店勤務を経て、2017年にニッポン放送へ入社。現在はプロ野球実況のほか、サッカー、競馬、競泳など幅広い競技を担当。選手への豊富な取材量を武器に、数々の大舞台での実況を任されている。
