成績はもちろんのこと、授業態度も決して褒められたものではなく、取得単位もギリギリで卒業した私が立教大学での思い出をしたためるとは非常に恐れ多い気持ちですが、今の私のキャリアおよび人生設計には、間違いなく立教大学で過ごした4年間がその礎となっています。
広島市に生まれ、その後に父親の転勤に伴い東京の世田谷区で数年間を過ごし、また広島に戻ってきた私。小学校低学年の時に見たテレビ番組で、人生で初めて“ラップ”に出合い、衝撃を受けます。それ以来、ラップやヒップホップにまつわる情報をかき集める日々が始まりました。アメリカのラッパーたちの歌詞を自分なりに研究していくと、そこにはスラングと固有名詞があふれていることに気が付きます。彼らが好むファッション・ブランドや、アフリカン・アメリカンの地位向上に尽力した人名が頻出し、リズミカルな独特な表現は、教科書で学ぶ英語や歴史の世界とは段違い。大学に進学するのであれば、このカルチャーにまつわる見識を深めたい、さらに、日本におけるヒップホップ・カルチャーの中心地である東京で学びたい、と願うようになりました。
志望したものの縁がなかった学校もありましたが、一般入試を経て念願の立教大学に無事合格。特にアメリカの文化や歴史を重点的に学びたかった私は、英「米」文学と銘打っている立教の文学部の姿勢にいたく感銘し、その門をくぐりました。
入学後の私は、日夜を忘れて勉学に励む日々…とはほど遠く、キャンパスに通いながら東京のナイトライフにもどっぷり浸かっていきました。上京と同時に学生ローンを組んでターンテーブルを購入した私。池袋のキャンパスに通い始めてから知ったことですが、池袋は有数のレコード店がひしめく宝の山のようなエリア。昼休みに東門から出ると、すぐそばの中古レコード店、ココナッツディスクに向かいます。ちなみにココナッツディスクのすぐ近くにはbedというレジェンダリーなクラブもあり(現在は閉店)、当時の板橋の自宅から自転車で通い詰めていました。東口に出ると、だるまや(旧店舗)、ディスクユニオンがあり、サンシャイン通りまで足を伸ばすとHMV(現在は閉店)が、駅に近いP’PARCOにはタワーレコードもある。昼も夜も動きまくり、どっぷり趣味と実益を兼ねた(?)ライフスタイルに傾倒していくのでした。
ところで、ヒップホップはコミュニティを重視するカルチャーでもあります。そして、自分が「どこから来たのか」を重んじる側面もある。ニューヨークにはニューヨークの、ロサンゼルスにはロサンゼルスのヒップホップのかたちがあるのです。そんな中、私が強く引かれたのが“サウス”と呼ばれるアメリカ南部のヒップホップ。方言も強く、独特の歴史と文化的側面をもつ南部のヒップホップは、泥くさくてやかましくて、刺激的でもある。彼らの音楽を知るには、彼らの背景を知らねば理解に及びません。当時の立教大学で、アメリカ南部の講義を担当していらっしゃったのが後藤和彦先生です。小説『To Kill a Mockingbird』を題材にして、立体的にアメリカ南部の歴史を学ぶことができたことは個人的に大きな糧となり、大学4年時には一人でアトランタ旅行をし、実際にキング牧師の生家などを見学するに至りました。他にも小林憲二先生によるハーレム・ルネッサンスの講義、舌津智之先生による「どうにもとまらない歌謡曲」目線の文学解釈、宇沢美子先生による人種と表象を巡る問題など、最も興味のあるヒップホップを主軸としながら、立教大学での講義を経てその知識と見識をさらに広げていくことに喜びを見いだしたのでした(卒業時の単位はギリギリでしたが…)。

現在、私はフリーランサーとしてヒップホップにまつわるテキストを書いたりラジオ番組のMCをしたり、という業務で生計を立てています。たまにゲスト講師として立教大学に招かれることもあり、ありがたく思っています。いつぞやの講義では、出席していた学生から「僕のラップを聴いてください」と声が上がり、その場で自分の音源を流してくれたこともありました。
自分がどっぷり夢中になったヒップホップにまつわる仕事に従事できているのも、4年間みっちり味わった立教での経験がその強固な下地になっていると断言できます。卒業から20年がたちますが、当時学び得た知識と経験は、今も私を助けてくれています。自分がどこから来たのか…池袋で中古レコードをあさっていた過去の私に「びっくりすると思うけど、あんたのその行動がちゃんと未来につながってるよ」と伝えたいと思う今日この頃です。
渡辺 志保(わたなべ しほ)
文学部英米文学科(当時)2007年卒業。音楽ライター。主にヒップホップ関連の文筆に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、アリシア・キーズら海外アーティストの他、国内のアーティストへのインタビューも多数。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)など。ラジオMCやポッドキャスターとしても活躍するほか、ヒップホップ関連のイベント司会やPRなど多岐にわたる活動を行う。

企画担当:内田知織(2014年政治学科)、木田明理(2003年日本文学科)